教え子からの感謝の手紙

私が受け取った手紙の中で印象深いのは音楽教室の生徒さんからの手紙です。

私は音楽教室で講師をしているのですが、そこに音楽大学を受けたいと言う事である生徒さんがやって来ました。

音楽大学の受験にはかなりの準備期間が必要なのですが、生徒さんがやってきたのは高校三年生の夏休み前で音大受験にはギリギリの時期でした。

しかしどうしても大学で音楽の勉強がしたいという生徒さんの熱意に負けて、その日から夏休み返上で私と彼女とのマンツーマンでの猛レッスンが始まったのです。

音楽大学に入るにはピアノや声楽の他に音楽の基礎知識も問われます。それらを週に3回ほど一緒に勉強し、やっと冬にはある程度の準備が出来ました。

そして1月に実施されたある音楽学部のある私立大学の推薦入試に彼女は見事に合格したのです。

その時は私もとても嬉しく、彼女の大事な夢を叶えるお手伝いが出来た事で自分の仕事に誇りも感じました。

入学内定後に彼女はすぐにご両親と私の所にご挨拶にみえて、そのあと大学のある東京での生活へと旅立っていきました。

思いがけず手紙が届いたのは彼女が入学したその年の夏でした。とても可愛い便箋に綺麗な字で私に対する感謝の気持ちが綴ってありました。

春には卒業や新生活で忙しくて落ち着かず、私にゆっくり感謝の気持ちが伝えられなかった事も詫びてありました。

そして楽しい学生生活の様子や、やりたかった音楽の勉強の様子が生き生きとした文章で書いてあり、彼女の胸躍る様な気持ちが手に取る様にわかりました。

去年の夏、先生に出会えて自分の進路が開けた事が本当に良かったとその手紙には書いてありました。

出会いというのは本当に縁だと思うのですが、まだ20歳なのにこうした感謝の気持ちを手紙で表せる彼女の人柄が自分の道を開き、多くの人との出会いへと導いたのだとも思います。彼女からもらった手紙は今でも辛い時には私を勇気付けて、音楽を教える素晴らしさを教えてくれています。

落し物を届けたことから届いた手紙

私が大学生のとき、今から10年以上前の話です。

私は地方在住なのですが、あるとき東京で好きなアーティストのライブがあって、友人と二人で参加することにしました。

ライブは盛り上がり、気づけば新幹線の時間ギリギリになっていました。

私と友人は慌てて駅に向かい、あらかじめ預けていたロッカーから荷物を取り出しました。

すると、上の段から、ひらひらと千円札が落ちて来ました。

探ると、さらに千円札が10枚近くあるのがわかりました。

電車の時間もないし、どうしようと悩みましたが、お金はお金、駅員さんに預けることにしました。(この手続きが思った以上にかかり、新幹線に本当に間に合わなくなりそうになってちょっと後悔しました)

そして実家に帰った私ですが、およそ一月後、ハガキでお手紙を頂きました。

そこにあったのは、見知らぬ男性のお名前。
誰だろうと思いながら、とりあえず読むことにしました。

よくよく読んでみると、手紙の送り主はあの千円札の持ち主らしき人でした。
駅員さんを通じ、私の住所を教えてもらったとのことです。

そこには、拾ってくれてありがとうございました、どこに落ちていたか詳しいことを知りたい、ちゃんとしたお礼として、菓子折を送りたい。そんな旨のことが手書きで書いてありました。

しかし、当時の私は警戒心が高く、またずぼらだったこともあり、その人への返事をしないまま、今に至っています。

菓子折は断るにしても、ちゃんとお金を見つけた経緯や、手紙を送って頂いたことへの感謝などはきちんと伝えるべきだったなぁ……と反省しています。

当時世間しらずの若造だったとはいえ、これがなんらかの縁になったかもしれないと思うと、本当にもったいないことをしたと思います。

遠距離恋愛していた頃の手紙のやり取り

手紙で一番思い出深いのが遠距離恋愛していた20代中盤の頃のことです。

当時は今のように携帯電話やパソコンなんてない時代です。

遠く離れた彼氏と連絡を取るには固定電話か手紙しかありませんでした。

最初は電話中心で連絡を取り合っていたのですが、電話代が1ヶ月分の給料並みにかさんでしまって、控えるようにしました。

その代わりに手紙を書くようになり、最低でも週に2、3回は手紙を書いてはせっせと送っていました。

手紙を書くようになった頃はラブレターのような相手に対する好きだという気持ちや、早く会いたいとかそばにいなくて寂しいなどというロマンチックな内容でした。

しかし、さすがに週に2回も3回も手紙を書いていると、ラブレター的な内容だけでは書くネタに困るようになってきます。

だんだんと日常のことや近況報告を盛り込むようになり、時には恋のポエムなんかも書いていたのを思い出します。

今思えばよくあんな小っ恥ずかしい手紙を何通も出していたなと、穴があったら入りたくなるような気持ちです。

ただ、相手に対する気持ちを手紙に込めたいという思いは強かったです。

電話での会話が減った分、自分の気持ちをしっかりと手紙で伝えたいと思っていつも手紙を書いていました。

その反面、あまり気持ちを押し付けると彼氏に負担をかけるのではないかとか、手紙1通書くのでも頭を悩ませていたのを思い出します。

残念ながら、遠距離恋愛の彼氏とはハッピーエンドを迎えられませんでしたが、手紙に気持ちを込めて書くという手紙の大切さを一番感じていました。

今はメールなどが普及してめっきり手紙を書く機会は減りましたが、たまに届く友達や親類からの手紙には温かみを感じてうれしくなります。

そんな手紙の良さを知ったのも遠距離恋愛していた頃の手紙のやり取りがあったおかげだと思っています。

夫との15年前の甘酸っぱい手紙のやりとり

もう15年以上前になりますが、夫と付き合っていた当時、私は夫に宛ててよく手紙を書いていました。

今ではスマートフォンが主流になり、ちょっとした連絡はlineのメッセージで済ませてしまうことがほとんどですが、当時はあってもポケットベルくらいなもので、手紙を書くというのはその頃の私にとっては極々ありふれた生活の一部でした。

先日家の中で片付けものをしていたときに、その時に夫に宛てて書いていたたくさんの手紙が思いがけない場所から出てきました。

結婚してからもその手紙の存在は知っていたし、なんだかおかしな話ですが、捨てずに取っておいたのも夫ではなく私です。

ですが改めてそれらを読み直したことはなかったので、ちょっと恥ずかしいような甘酸っぱい気持ちでしたが、それらの手紙を一つ一つ開き読み直してみました。

そこには20歳そこらのぴちぴちした私がおり、夫への溢れる想いが若い字体で書き綴ってありました。

ある手紙には一緒に見たかった映画を夫と二人で見られて嬉しかったこと、またある手紙には夏休みの旅行の計画、また彼の部屋に残してきた置手紙のようなものまでありました。

それらの手紙を読んでなんだか当時を思い出してキュンとしてしまい、夫にそのこと伝えました。

珍しく夫もそれらの手紙を見たがったので、その後また二人で一緒に読み直しましたが、二人ともがやっぱり手紙って良いなと感じていました。

キレイな便箋を選び、相手のことを考えながらペンを走らせ、思いを綴る。

今ではなかなか書かなくなってしまった手紙ですが、たまにはスマートフォンの電源を切って、付き合っていた頃のような気持ちで夫に手紙を書いてみるのも悪くないなと思いました。

林間学校の夜の母からの手紙

手紙と聞いてまず一番に思い出すのが、小学校5年生の林間学校の夜に母から届いた手紙です。

私も年をとり、もう20年以上も前の話になってしまいましたが、その手紙に書かれていた母の美しい文字やそれを読んで溢れ出た母への思いは今でも鮮明に覚えています。

当時私の通っていた小学校は5年生になれば林間学校と言って、親元を離れて生徒と先生だけで宿泊する訓練合宿のようなものがありました。

それまでは毎年1泊2日で行われていましたが、私たちが5年生になった年から5泊6日という子供にとってはかなり長い日程に変更になりました。

私は思春期の入り口に差し掛かっており、親の前では余裕を見せていましたが、正直出発前は夜トイレに一人で行けるかな、6日も家族に会えないなんて寂しくて泣いてしまわないかな、と不安でたまりませんでした。

それでも行ってしまえば皆でキャンプファイアーをしたり、飯盒炊爨をしたり、皆で大きなお風呂に一緒に入ったり、楽しい時間を過ごしていました。

そんな楽しい林間学校も中盤に差し掛かった夜に、子供たちが誰一人予想もしていなかったタイミングで親からの手紙を受け取ることになりました。

先生がお父さんお母さんからの手紙を預かってきてるよ、と言って私たち一人一人に手紙を配ってくれたのです。

それまでにぎやかだった部屋は静まりかえり、笑い声はすすり泣きの声に変っていました。

私も母からの手紙を読んで涙が止まりませんでした。

そこには何か困っていることはないか?元気にしているか?

一回り大きくなって帰ってくる私のことを家族皆楽しみにして待っているからね。というようなことが書かれてありました。

この時のことを思い出すたびに、母はもちろん、素晴らしい企画をしてくださった学校の先生方にも感謝の気持ちでいっぱいになります。

好きだった男の子からの私宛ての手紙

私がまだ小学生の頃の話です。

小学生の頃、同じクラスにとても好きな男の子がいました。

とてもスポーツ万能な子で、足がとっても速く、いつもリレーの選手をしていました。やんちゃながらもすごく優しい子で、そんな彼に憧れを持っていました。

そんな彼に密かに恋心を持っていたのですが、彼が引っ越しをすることになり、違う小学校に転校することを知りました。

小さいながらにとても動揺して、心が傷ついたことを今でも覚えています。

彼が新しい街に引っ越して行って約1ヶ月経過した頃、彼から私宛に手紙が届きました。

新しい小学校で新しい友達が出来たこと、新しい街でもスポーツを続けていること、元気に過ごしていますか、という内容が主でした。

彼がどの街に引っ越していったのか全く知らなかったので、その手紙を受け取って同じ県内に引っ越したことを知りましたし、彼が元気に過ごしていることを知ってすごく安心しましたし、何よりも私宛に手紙を書いてくれたことが本当にうれしかったです。

また、その手紙を受け取って「もしかしたら彼も私のことを好いていてくれたのかもしれない」とも思いました。

もしかしたら私の考えすぎなのかもしれませんが、普段から特に私に対してそういった態度を取っていなかったので私の一方通行の想いだと思っていたのですが、突然すごく長い文面の手紙が来たので、瞬間的にそう思いました。

本来であればその手紙に対して何らかのアクションを取るべきだったと思います。手紙の返信を書くとか、年賀状を送るとか。

ですが、「彼も私と同じ気持ちなのかもしれない」と思うと、なぜでしょうかとても恥ずかしく感じて返信を書くことが出来なかったんです。

それは今でも本当に後悔しています。

「新しい学校でも頑張ってね」とか「私も元気にしています」とか普通の内容で良かったはずなのに、それがどうしても恥ずかしくて出来なかったんです。

男の子に手紙を書く時にどういう内容を書いたら良いのか、どこに切手を貼るのか、だとかお母さんに相談するのもすごく恥ずかしかったんです。

その子からもらった手紙は今でも実家に大切に保管しています。その手紙を見るたびになんだか胸の奥がチクチクして、その当時の自分にもし会えたら「とりあえず元気にしてるってことだけでも返信しなさい」と言いたい気持ちになります。