手紙でしか伝えられないこと感じられないこと

私には長い間疎遠になっていた親友がいます。

大学に通っていた間は本当に毎日一緒にいて姉妹というよりも自分の分身のような感じで何をするにも一緒に過ごしていた友人でした。
ですが卒業間際、私も彼氏と離ればなれになる事もありナーバスになっていて、友人が冗談半分で口にした事が私の逆鱗に触れ大喧嘩をしてしまいました。

そのまま卒業し彼女は地元に戻りましたから連絡が一切途絶えました。

風の噂で彼女が結婚して子供を産んだという話は聞いていたんですが、お互いに住所は知らなかったので、やり取りはなく私も『おめでとう』の一言が言えずにずっと心に引っかかっていました。

そんなことを考える様になってから、共通の友達からこんな電話がありました。その友人が私と連絡を取りたいと言っているとのことでした。

私はすごく悩みましたが電話で話すのは何かまだ気が引けて、手紙ならいいよということを承諾し共通の友達に私の住所を託しました。

それから1か月ほどして疎遠になっていた親友から一通の手紙が届いたのです。その手紙には旦那さんと子供と一緒に写った家族写真が同封されておりました

彼女の顔を見た瞬間、私は学生時代のことが一気に蘇ってきて不思議と涙が溢れてきました。手紙というものは高校以来書いてもいなかったしもらったこともなかったんですが「手紙っていいな」と思いました。

電話や直接会った時に言えないことも字に表すと素直に書けるものですね。私もすぐに返事を書きました。今まで気になっていたことや些細なことで怒ってしまったこと…それに関して素直に謝ることができました。

それから更に2ヶ月ほどして私たちは直接電話で話し、会う約束もしました。これを機に手紙の素晴らしさを実感することができて今の時代はメールで済ませがちですが、手書きの手紙を書くことを最近始めました。

短歌が添えられた友人からの最後の手紙

年賀状を自ら書かなくなって5年ほど経過した時に、高校時代の同級生から突然年賀状が届きました。高校卒業から既に10年以上経過していたので、現在の住所ではなく実家に届いたわけですが、確かに高校時代は同じ吹奏楽部に所属していて仲が良かったことを思い出しました。

弟からのメールで年賀状が届いていると連絡が来たわけですが、実際に年賀状を確認出来たのはゴールデンウィークに帰省した時です。

懐かしく思い、卒業アルバムを引っ張り出して届いている年賀状の住所と照らし合わせてみると、旧友の住所に変わりないことを確認して地元に残っている友人経由で近況を確認すると、既に年賀状をくれた旧友は他界していることが判明したわけです。

既に結婚していて家族がいたことも驚きましたが、今まで年賀状が届いていなかったにも関わらず急に届いた理由として、最後の年賀状だったからだとその時に知ることになりました。年賀状が届いた3ヶ月後に脳腫瘍により他界するに至ったわけですが、他界する前に会いに行けなかったことが悔やまれました。

そこで、旧友の家を知る友人と共に訪れると、確かに既に他界している事実がそこにはありました。初めて会う旧友の妻は、実家に帰らず子供と共に同居を続けており、年賀状を出した時の様子を聞けました。

年賀状の文面には、短歌が記されていたので、一度手術を受けたリハビリとして毎日短歌を考えて年賀状として出すことにしていたと知りました。1枚の年賀状は、特別写真がカラフルに印刷されているわけでもなくシンプルなものですが、暫く途絶えていた年賀状が届いた時には虫の知らせであったり、予兆が含まれていると考えて近況を確認することも大切だと実感したわけです。

偉大であり、大切な手紙コミュニケーション

私は、新卒で入社した会社で4年近く働いていました。

しかし、毎日働いている中で限界を感じるようになりました。様々な利害関係人が出てくる中、会社と顧客の間に挟まれて慌ただしく仕事をする繰り返しに疲れてしまいました。結果として、会社を辞めてしばらくゆっくりしようと決意しました。

会社を退職する手続きを終え、実家に帰り、お世話になった人たちに手紙を書きました。

勤務先で私を育ててくれた元上司には感謝の念としっかりと書き記しました。
また、勤務先でできた友人に対しては、退職後も変わらずに付き合ってほしい旨、書きました。

数日後、自宅の郵便ボックスに手紙が届いていました。元上司と友人からの手紙でした。

元上司からは、労いの言葉が記されており、一緒に仕事をしていた当時の思い出が書かれていました。
読めば読むほど、元上司に育ててもらえた結果、長い間仕事を続けられたのだと実感しました。元上司は定年退職が迫っており、定年退職時には再び手紙を書いて交流しようと思うようになりました。

一方、友人たちからは一緒に働けなくなる寂しさを文書から感じ取れました。新入社員の頃から一緒に苦楽を共にしてきた仲間であり、文書を読めば読むほど、感謝の想いがこみ上げてきました。

会社では辛いことの方が圧倒的に多かったですが、その代わりに大切な友人を形成することができた点は、最高の贈り物だと思えました。
定期的に連絡をし、今後も交流していくことになり、人と人の繋がりは大切だと思えるようになりました。

手紙を介して各々の想いを交換し合うことは、インターネットでは実現できない、人との結びつきを強くする力があると思いました。手紙でコミュニケーションをする文化は、偉大であり大切なものです。

まだ会ったことのない少女からの結婚報告

ここ数年、ネパールの方と手紙での交流を続けています。

昔同じアパートにネパールの方が住んでいて、親戚が日本が好きで日本語を覚えているので文通してあげてほしいということでした。

数年手紙のやり取りを続けているのですが、まだ少女だった子から結婚することになったという報告の手紙が届いたのです。これはなかなか衝撃でした。よく写真を同封してくれるのですが、本当にあどけない感じの女の子でしたから。

今もまだ幼い雰囲気が残っている彼女が結婚するなんて…日本とネパールでは文化も環境も違います。特に珍しいことではないのでしょうが、数年やり取りを続けてきた相手です。何だか不思議な感覚でした。

手紙の中には結婚相手のことが書かれていました。彼も日本の文化が好きらしく、インドに行ってカレー屋で修行をしているそうです。いずれは日本のビザが欲しいと奮闘していて、日本好きというところで話が合って結婚することになったそうです。個人的には、恋愛結婚だということでホッとしました。

年齢は彼女より7つ年上ですが、可愛いところもある人だと書いてありました。こういう恋愛の話が書いてあると、何だか手紙自体がすごくキラキラしているように感じます。

今後、彼女は彼の実家で生活するそうです。インドからすぐ近いので、彼は定期的にネパールに帰ってくるそう。自分の実家も目の前ですし彼の家族とも仲良くやれているらしく何だかホッとしてしまいました。

私は彼女に会ったことはありません。

昔お隣さんだった人は今も日本に住んでいて時々ネパールに帰りますのでその時お土産を渡したり逆にもらったりするくらい。本当に手紙だけのやり取りなのですが、やはりこういう人生の節目を報告する手紙というのはすごく嬉しいですね。

男友達からの丁寧な2枚の手紙

普通に友人として付き合っていた彼から貰った手紙です。

異性として特別な感情がなく、それでも一緒に買い物に行ったり、食事に行ったりして、私にとっては親友のような感じ人でした。

その彼から、メールではなく、直接貰った手紙に私は感動してしまいました。

その日は、いつものようにお茶をしにいって、上司の愚痴などを聞いてもらっていました。そして、いつものように別れる時に、そっと手紙を渡してくれたのです。

その彼の行動にビックリした私は、なんだか嬉しい気持ちと、どんなことが書いてあるのだろうと、ドキドキしました。

そして家に持ち帰り、早速封を開けてみると、とてもキレイな字で、手紙が2枚書かれていました。

改めて彼の字を見ると、彼の心の温かさと私に対する気持ちが物凄く伝わり、なんだか感動で気持ちが一杯です。

メールとは全く違う感覚を発見し、彼がとても素敵に感じました。

そして、その手紙には、私への気持ちが書かれていて、私は読んでいる途中から、嬉し涙で、続きを読むことができなくなってしまったくらい感動しました。

昔から、友達でいてくれてありがとう、大切な君へ、というタイトルから、今までの思い出、その当時に思っていたことや、本当はこんな思いだった、という内容が素直に書かれており、懐かしさと、新しい発見、彼の気持ちを深く知ることができて、本当に嬉しかったです。

そして、最後には、これからは、僕が君を守るので、付き合ってください、と書いてあり、私は嬉しくて、幸せで、もう涙でぐしゃぐしゃだった事、忘れられません。

その手紙を読んだ直後、私はすぐに彼に電話をして、直接OKの返事を涙声で言い、私の声を聞いた彼は、ちょっと照れくさそうでしたが、とても嬉しそうで、優しい声で話してくれました。

やはり、手紙は感動します。

もし、彼が手紙ではなく、メールにての告白だったら、私はこんなに感動することなく、彼を異性としてこんなに好きになれなかったかもしれません。

手紙を一生懸命書いてくれた彼、本当にカッコイイです。

手紙は今の時代でも、書いた人の気持ちがストレートに心に繋がる大切な言葉の伝え方だと思います。

大学の頃の友達からの手紙の一行

今までもらった手紙の中で思い出深いのは、友人からもらったものです。

大学で仲良くしていた、女友達でした。

同じ学科を選んだことで出会った私とその友達…Iちゃん。

音楽の趣味がよく似ていて、CDを貸し借りしたり、行ったライブの話をしたりするのが楽しみでした。

ときには一緒にカラオケに行って、ハモったりハモられたりしながら歌ったのもとてもいい思い出です。

大学4年のゴールデンウィークに入るときでした。

「最近、なんかあんまり食欲がないんだよね。実家に帰ってのんびりしてくるわ」

Iちゃんはそう言って帰省しました。

大学は茨城にあり、彼女の実家は北海道です。

「そっか、たまにはゆっくりしてきたらいいよ」

私もそう答えて送り出しました。

長い休みが終わったらまた会えると思っていたのですが、Iちゃんはそのまま入院することになりました。

検査の結果があまり思わしくなかったそうです。

「ちょっと休んだらまた戻るから、遊んでね」

まだメールなどもそう発達していなかったころに、近況を伝えてくれた手紙には、そうありました。

それから私とIちゃんの間を、何通もの手紙が行ったり来たりしました。

それ以上のやり取りができないことがわかったのは、11月のある日でした。

同じく親しくしていた友人から電話がありました。

「落ち着いて聞いてね。Iちゃんが亡くなったの」

頭が真っ白になりました。スキルス性の胃がんだったそうです。

初めて飛行機に乗って、お通夜とお葬式に参加しましたが、正直、何がなんだかよくわかっていませんでした。

家に戻り、ふと開いた、Iちゃんからの最後の手紙。ラストの文章は、こうでした。

「体には十分気を付けて、元気でね!」

どんな思いで書いた1行だったんだろう…涙が止まりませんでした。

今でも、天国から手紙が届かないかな、なんて、ときどき思ったりします。