忘れることができない退職した同僚の手紙と後ろ姿

約10年ほど前、ある方が職場を退職される時にとても温かいお手紙を頂いた事があります。

その方は以前は管理職をされていた方でしたが、その当時の日本社会全体の不況と会社の部署の統廃合に伴い、定年前の2年ほどを私と同じ部署で働く事になりました。

しかも職種が私と同じだったので、私の様な30歳ぐらい年下の者がその方を教える立場になってしまったのです。

今まで管理職だった方が私に指示されながら同じ仕事をするのはどんなにか大変だったと思います。

しかも不慣れなIT機器や今まであまり経験した事のないお仕事に戸惑ってミスを連発してしまう状況も見受けられました。

でも私はその方の豊富な社会経験や人柄の良さに敬意を抱いていました。

だからこそ忙しい時にも互いに助け合ってやって来られたのだと思います。

定年退職の日にその方は私にお手紙と小さなプレゼントを下さいました。

その手紙には、不慣れな自分をあなたは一度も怒らずに敬意を持って接してくれたと感謝の気持ちが書いてありました。

そんな事はないのです。とても忙しい時に仕事が滞りがちになってしまうその方に私は忙しさから冷たい態度で対応してしまった事もきっとあったと思います。

それでもその方はいつも優しく私を受け止めて、お仕事での良い人間関係を築いて下さっていました。

感謝をすべきはこちらなのにと泣きそうになりました。

そのお手紙を頂いてから、私は新人に仕事を教える時にもいつも相手への敬意を失わない様に心がける事にしました。

私自身もその職場を退職し、新しい仕事についてからもその方のお手紙と花束を持って去っていった定年退職の日の後ろ姿は忘れられません。

私が仕事を教えていたつもりでその方から多くの事を教えられていた事を、温かいお手紙と同時に思い返します。

ネット上の事務的な取引に添える手書きの手紙

普段文章のやり取りといえば専らメールですから、めっきり手紙でやり取りする機会は減ってしまいました。

私は通信販売を利用して自分で手作りしたものを売ってお小遣い稼ぎをしているのですが、商品に添える書類に関しても明細書や機械的なお礼の文章を全てパソコンで作成して添えるのみです。事務的な内容だけで余計なことは書きませんし、住所に関してもやはりパソコンで入力したものを出力して貼り付けるのみで、手書きの文字を他人に見てもらうことすらありません。

ですが、そうした個人的な通販のやり取りでは、手書きの手紙を添えられるのが嬉しいという意見が多いことを知りました。

商品さえ問題なく送ることができればいいと思っていたので、最初はそういうものかと流してしまっていたのですが、なるほど確かに機械的な文章ではなく手書きの手紙が入っていれば、思わず文字に目を通してしまうのかもしれない、一理あるとも思うようになったのです。

いつもは送る側ですが、たまたま買い手側に回って商品を購入した際に可愛いメッセージカードにお礼の一言が書いてあり、心遣いに嬉しくなる気持ちがよくわかりました。それ以来、自分でも真似して明細書にプラスして手書きメッセージを加えるようにしています。

手紙を添える分事務処理に手間がかかってしまうのですが、不思議なもので商品を送る時にお客様が喜んでもらえるように、心を込めて梱包しようという気持ちが強くなりました。手紙には特に変わったことは書いていないのですが、開封した人の目にこの文字が読まれて、少しでも好印象を持ってもらえれば嬉しいなという思いで続けていますし、手書きの手紙があるだけで物を送る側と届けられる側のやり取りが、人と人との間で行われているものだということが強調されるようにも感じます。

手紙を添え始めてから、以前よりも相手のことを考えて取引ができるようになったのは、気のせいではないと思います。