過去の年賀状から見ることができるそれぞれの人柄

毎年受け取る年賀状は、転居を知るキッカケでもあります。親しい間柄では、年賀メールに切り替わることも増えましたが、保存年数を考えると年賀状も捨て難いでしょう。

一度受け取った年賀状を何年保存しているのか気になって調べたことがあります。実家に保存されていたものも含めて、今までに受け取った年賀状が全て残っていたことに驚いています。一度受け取った年賀状は、勝手に捨てられてしまうこともなく、とりあえず保存という状態が続いていたわけです。

ふと集めた年賀状を見直してみると、転居連絡の翌年に結婚報告があったり、次第に子供誕生の写真付き年賀状が増えていることに気が付きました。

普段は受け取った年ごとに保管している年賀状を、差出人ごとに纏めてみると性格が表れていることが自然と分かります。年賀状差し出し日の消印が押されている場合には、年が開けてから差し出しているか12/25日頃までに出せていないことになるので、ズボラな性格の人に多いと予想出来るでしょう。実際に並べてみると、見事に期限内に差し出している人と毎回ギリギリに出している人が分かれてしまいました。

年代を追って年賀状の中身を確認してみると、文面が徐々にかしこまった雰囲気に変わっている人がいる一方で、いつでもフランクな雰囲気のままという人が少なくありません。ふと年賀状が2年途絶えた人が3名見つかったので、地元の旧友に聞いてみると仕事で海外赴任していた時期と重なりました。

確かに海外からは年賀状を出せないので、年賀状を年代で追うだけでも人生が見えてくるから不思議です。最近は年賀メールばかりになっていましたが、友人から受け取った年賀メールは端末機種変更やメールアドレス変更と共に消えてなくなっていたので、これからは出来るだけ年賀状をハガキで出してみようと考えるキッカケになりました。

手紙が告げる母の老い

私は大学に入学以来、20年以上母親とは別居しています。すでに父親は亡くなり、母親は70代前半の年齢となりました。父親が亡くなってからというもの、母親はなぜか電話をかけてこなくなり、代わりに2ヶ月に一度のペースで手紙を書いて送ってくるようになりました。私が仕事で忙しくなり、電話に出られないことがあることも一因かもしれません。

手紙の内容は、母親の日常を書き記したものが多いです。具体的には「最近は暑くなってきたね。お互い熱中症にならないように気をつけようね」といった季節の挨拶で始まり、「お墓参りは毎月行って、墓石もきれいに掃除しているから心配しないでね」と必ずお墓の掃除をしていることを知らせてきます。

そして「近所の〇〇さんが、先月亡くなりました。だんだん近所の同世代の人がいなくなって寂しいです」とか「自宅のテレビアンテナが傾いたので、近所の電気工事屋さんに直してもらった」などと近況が綴られています。

手紙の終わりには「休みを取れたらたまには家に遊びに来てください」と書いてあり、小さな封筒が手紙に同封されており、中を開けるとたいてい1万円札が2枚入っているのです。

私は母親からの手紙を読むたびに、母親の老いを感じます。そして、一人暮らしで寂しさを感じているのだなとも思うのです。できれば私に田舎に帰ってきてほしいと思っているのかもしれません。

一度手紙に「私もあと10年くらいで死ぬのかと考えると憂鬱になります」と書かれているのを読んだときは、こちらの気持ちも重苦しくなってしまいました。

母親の心情を察すれば、実家に帰って定住してあげたいですし、それが無理でも頻繁に実家に帰ってあげたいと思うのですが、もはやそれは無理だと思うと切なくなってきます。母親との永遠の別れが、もしかしたら数年以内に迫っているのかと思うと、手紙を読むたびに胸が痛むのです。