自分の字も見る機会が減ってきた時代に友人からの手紙

中学生や高校生になってからできた友人は、淡い青春の思い出の1ページに一緒に刻まれるだけに、とても大事な存在です。

ですが互いに故郷を離れ、いろいろな場所を転々としているうちにいつしか連絡が途絶え、疎遠になってしまった友人もたくさんいます。

そんな友人達に、なんとかして再会できればいいなと思っていた矢先、その中の1人の友人の母親にばったり再会したのです。

久々に帰省した田舎のコンビニエンスでばったりです。

嬉しいことに、友人のお母さんの方が私のことを覚えてくれていて、声をかけてくれたのです。

久々の再会に胸を躍らせながら、肝心な友人の近況を尋ねる、とやはり故郷から遠く離れた県外に住んでいました。

友人の母親と別れ際に、私が数十年ぶりに友人に会いたがっていることを、伝えてほしいとお願いしました。

するとそれから2週間ほど経過した時に、その友人から手紙が届いたのです。

私の現在の住所を知らないはずなのに、わざわざ実家に確認して手紙を書いてくれたのです。

久々に見た友人の字に、胸が高鳴りました。

なんでもスマホやパソコンで連絡を取り合う時代です。

他人の字はおろか、自分の字も見る機会が減ってきた時代なのに、友人の字を見ることができたのです。

友人の字を直筆の字を数十年ぶりに見ることができ、何とも言えないほどの懐かしさと感動を味わうことができました。

宛て名の字を見ただけでも感動モノでしたが、手紙の内容にもやはり感動させられました。

今は子供が小さく身動きが思うように取れないこと、でも私と同じように友人も私のことを思い出し、会いたいと思っていてくれたこと。

手紙には、友人の近況や胸の内が、ぎっしりとしたためられていました。

お互い会いたいと思っていたことに運命的なものを感じ、やっぱりこの人は大事な友人なんだなと、強く感じたことを覚えています。

それから2年後、お互いに同じ期間に帰省し、ようやく再会することができました。

スマホやパソコンのメールではなく、「手紙」という形でまた友人とつながることができたこと、それは自分にとってかけがえのない経験です。

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